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ザフトさんのブログだよ

自分自身と向き合うためにブログやってます。

私の好きな大人たち

突然なんですけど、本ってよく読みますか?私は最近まで読まない人でした。

小説も読まないので、好きな作家さんもいません。なんだかそれが悲しかったりもしました(笑)

 

でも、偶然本屋さんや図書館で見かけて読む本があります。

 

なんかビビッとくるんですよね。これだ!っていうのがあって。

 

最近のお気に入りは、「岡本太郎」さんと「やなせたかし」さんの本がすごく好きです。パワーをもらえます。背中を押されている感じがします。

 

ふと思ったんですが、この本良いな~と思う本や作者に共通点があったんです。

 

それが、「ずるくない大人」が書いているということ。もっと言えば「まだ子どもの心をもっている純粋な大人」が書いた本であるということです。

 

これは完全な個人の感想です(笑)

 

お気に入りの岡本太郎さんとか、やなせたかしさんの本を読んでいると、すごーく優しいんですよ。語りが。

 

それに、子どものときの純粋な心を忘れていない感じがします。

 

人生経験を積むにつれて、世の中の汚いところとかがいろいろ見えてきます。どうにもならないこともあります。子どものころ語ることのできた夢は、大人になったら「現実を見ろ」の一言で消えてしまいます。現実は厳しい。

 

そんな世界で暮らしていたら、だんだんと心も汚くなっていきそうになります。ズルしたりもします。自分だけ良ければいいと思います。自分のことでみんな精一杯です。

 

だからときに他人を、身近な人を傷つけてしまいます。そして自分も誰かに傷つけられます。不当な扱いを受けます。理不尽な目にあいます。

 

最近、こんな大人にはなりたくない!と思う人のことを思い出しました。過去に何人かいます。

 

権力の前ではペコペコする人。偉い人の前では順応なのに、私の前では威張る人。

先生とつくだけで偉いと勘違いしている人とか。

命令ばかりして、相手の気持ちを考えない人。押し付ける人。

 

もちろん社会にでれば我慢しなくちゃいけないこともある。「今たくさん経験しておくべきだよ」「それぐらいのことで」っていう人もいると思うけど、なんか違うと思うんだよな。

 

傷ついたりへこんだりすること自体は否定しなくてもいいと思うんだよね。その状態からどう立ち直るか、どうやって自分自身をケアしていくかを知らないだけだと思う。自分でその方法を勉強したり、人に手伝ってもらったりしながら自分を守ってあげればいいんじゃないかな。

 

岡本太郎さんもやなせたかしさんも、傷つく側の身になって言葉をかけてくれているように私は感じます。随分と助けてもらったな。

 

うまく言葉にするのは難しいんだけど、本を読むたびに、言葉に触れるたびに、私の中にいる純粋な子どもの心に語りかけてくれる感じ。守ってくれる感じ。

 

本以外にも、そういう大人に出会えたこともすごくありがたい。

 

私は、つらく苦しい経験をしても、心の中に子供みたいに純粋な気持ちをもっている人、感情を肯定できる人、相手の立場を考えられる人がすごく好き。本当に好き。

 

そういう人に支えられてきたから、自分も同じように人に接することを絶対に忘れないようにしていくんだ。

 

二十歳になりました

本日、二十歳になりました。やったー。

 

二十歳記念に、かねてから飲みたかったドイツビールを飲みました。まぁ味は苦いですよね。でも夢の一つがかないました。

 

最近全然更新してなかったので、近状報告を。

 

 

ドイツへ行くでござる。

短期の1ヵ月だけど、留学してきます。長期とすごく迷ったんだけど、日本語教師養成課程っていう資格の授業とか実習の時期を考えると、この時期しかなくて。

 

それに2017年はルター500周年の記念だし。ね。50万円もかかるよ。つらいね。

 

母親を説得するのが一番大変でした。

「あんたお金はどうするのよ?てっきりもう貯まったのかと思ったのに(イライラ)」

「あんた行って何したいわけ?」

 

(´;ω;`)ウゥゥ

 

泣いちゃいました。我慢してたんですけど、涙がとまらなくて。そうしたら、母親もちょっとびっくりしたのか優しくなりました。私がレポート3枚にまとめた資料も読み始めました。

 

そこからずっと泣きながら、別の今まで抱えてた悩みとかも打ち明けてみたりとかして。結果的に前借する形になったけど、オッケー出ました。

 

大学3年になるまでに返済しないと。。。。

 

楽しみです。私は語学力をあげるのはもちろん、文化も肌で感じたいです。そして自分の意見を発言する練習をどんどんしたいんですよね。

 

あとは夏休みはバイトと遊びで終わるのはもったいない気がして。わりと勉強好きなんで勉強したいです。

 

そして家からの脱出。

 

ずっと家にいて親の保護下に置かれてるとダメになる気がして。親がいると安心ですけど、でも自由にはなれません。自由になれると解放感あるけど、責任も自分でとらなきゃなりません。でもその責任の反対には大きな自由がある。魅力的です。

 

30日だけだけど、頑張ってきます^^

 

 

つぶやき

気の使いすぎ?遣いすぎ?

 

 

疲れた。なんだか。日本人特有のもの?
お互いに傷つかないように、相手を傷つけないように、遠回しに言ったりはっきりとは言わないで伝えることに。時には、自分を曲げてまで、ウソついてまで、自分の思いとは反対のことを言う。それでいて平気なフリをする。疲れる。はぁ。誰かのせいじゃなくて、自分で勝手に「相手はこう思うから」と考えてしまっていた。無意識に。お昼ごはんの約束とか、隣に誰が座るとか、連絡するべきかとか、めんどくさくなった。別に1人でもやっていけるけど、たまには友達と一緒にいたりもしたい。寂しくもなる。でも一緒にいすぎると、それはそれで窮屈だ。つかずはなれず、ふわふわしていたい。

いちいち友達はどうするかな?なんて考えずに、自分がやりたいなら、好きならそれでいいじゃないか。

やっぱり友達といると安心するし、楽しい。だけどいすぎるとしんどくなる。息苦しくなる。自分よりも相手主義になっちゃう。いざ一人になると自由に行動できる反面、たまに妙に寂しくなる。

4月になってから新しいクラス、新しい人との出会い、友達、知り合い、先生。

自分の居場所を探し続けてしまうのは、まだ芯のある自分自身を持っていないのかもしれない。

最近のこととかいろいろ

最近のこと書くよ。

 

・ブログの記事を下書きに戻した

バイトのこと書いてた記事が守秘義務違反してそうで怖かったので下書きに戻した。バイト先名出しているわけでもないし、あてはまりそうなところは結構候補だせて、ここだ!って特定は難しいように書いた(仕事内容)けど、下書きに戻しました。ちなみにバイトは状況が良くなって続けています。続けられそうです。

 

・風邪を引いた

もー、ほんとこれ。1週間以上風邪ひいてる。はじめは今までの風邪とは違って喉の痛みがヤバかった。咳もひどいし、内科に行って薬をもらいました。ゲホゲホ!!オエオエ!!の繰り返しで。この状態でバイト行ってたんだからね。バイト中よりも行き帰りの移動の方がつらくて大変だった。

 

日本語教師

教職を2年生からとろうと思ったんだけど、果たして、自分は教員になるのだろうか。就活と教育実習がかぶったとき、実習を優先できるのか?留学はどうするの?時間割に組み込めるの?教員の仕事どう思ってる?など考えた結果、とるのやめました。

まず、就活と実習が重なったら私は就活優先したいと思っちゃうだろうし。知恵袋とかブログで教育実習した人の話とか聞いてて、あー学校の先生は違うかもと思った。教育に関わったりすることに興味はあるけど、学校の先生だけが道ではないよね。きっと。悩んでいた時に、「日本語教師」っていう職業もあって。とりあえずガイダンス受けないと詳しいことは分からないけど、日本語教師をキャリアの一つとして考える養成課程があるので、そっちを受講しようかな。教育にもかかわれるし、日本語とか日本について日本語を母語としない人に伝えていくってことに魅力を感じます。とりあえず、ガイダンス。はよ。

 

・ひたすら寝る

風邪をひいてしまったので、出かける用事があるとき以外はひたすら寝ているようなもんです。なぜか風邪をひいているときは怖い夢を見ないのでありがたいです。

 

・私の誇れるところって?

奨学金の申請をします。そこで大学での目標とか、将来の夢とか書かなくちゃいけないんですけど、私の誇れるところって、、、無遅刻無欠席なし、くらいしか思い浮かばない。これでいいんですかね。早く書かないと。

 

意外に書くことがなかった。だって風邪ですもん。

 

 

 

風邪ひいて思ったのが、また私は同じことを繰り返そうとしているなってことです。2年前に毎日11時過ぎに寝、朝5時に起きて英語の音読。風邪を2度ぶり返し、歯痛、アザ(部活)を繰り返し、部活の後輩や同期の問題処理や勉強でのプレッシャーを感じながらも、頑張って学校に行ってた日々。休むなんてこと頭になかった。そして4か月後にストレスからか脱毛を発症。その後も「休む」ということは意識の外に。

 

いやね、なんか他の人に迷惑がかかるという気持ちもあるんですよ。でも大半は、つらくても苦しくても、学校に行ってしまえば何とかなってしまったんです。だから体調が悪くても、とりあえず行けば何とかなるんじゃない?的な考えで19年間過ごしてきました。最後に学校を休んだなっての小1ですもん。それ以外はインフル以外休んでない。

 

でもこの考えにそろそろ終止符を打つ時がきました。ガボール・マテの本に出会ってから、自分自身に「私にも体調がすぐれないときに休む権利があるんだよ」って言ってみたりしてます。「無理して動く必要がない」って。

 

風邪をひいたときに迷いました。ああ、これ間1日の休みじゃ絶対治らないな。バイト休もうか。どうしよう、と。結果的に春休み分は全部出ましたけど、やっぱり体調は良くないし、長引くし、「休みたい」って言えない分、身体に体調の悪さが表れているのかなと。休めー!!って体が言ってるのかな。今まで休むことをしてこなかった人間は、休むということに罪悪感や抵抗感があるんです。そもそも休み方が分からない。何してればいいの、寝てればいいの?って感じです。骨折とかノロウイルスとか、「そりゃ休んでも仕方がない」と思われるような理由じゃなきゃ休んじゃいけないのではないか?と思ってるんです。なんでこんな考えをするのかな?と思ったら、いつか聞いた「風邪ぐらいで休むなんて」という言葉が影響しているのかもしれません。

 

なので!明日の新入生向けのサークルビラ配りはお休みします!!そして、日曜のバイトは休みにします!!

 

土日は改めて休むことについて考えていきたいなと思ってます。

もしも高校時代にもどれるなら、もっと将来について考えていただろうか

ここ最近、自分の将来について改めて考えています。

 

自分は何が好きなのか、何がしたいのか、どんな仕事が向いているのか、そのためには何をしたらいいのか。

 

春休み前に、私の大学を卒業して海外で働いている人の話を聞きました。話の趣旨は、世界で就職をするにはどうするのか、就活について、将来のことについて、いろいろ聞きました。

 

わたしは、自分の好きなことを仕事として選ぶのか、親がすすめる安定した公務員の道を目指すのか迷っていました。わたしの気持ちとしては自分の好きなことや、それにかかわることを仕事にしたい。でも、将来が不安。公務員みたいな安定している職のほうがいいのかもしれない。といった感じでした。

 

その方に質問してみました。すごく勇気がいりました。別に質問しなくてもいいんじゃないかとも思いました。でも、どうしたらいいか分からなかった。お話を聞いていて、この人に聞いてみたいと思えました。

 

そうしたら、「まず、自分の興味のある職業について調べてみて、その職に就くために必要なことやしなければならないことを『すき』『きらい』で選んでいく。その職業のことを何も知らないで判断することはすごく危険」とアドバイスをもらいました。

 

実際私は興味の幅が大きく、なってみたいと思う職業が多すぎていました。でもそれぞれの職に対しては、ふわふわしたイメージしかありませんでした。その職に就くために必要な資格や、修得するまでにかかる時間、お金、どういう過程を経てその仕事に就くのか。ほとんど知らずに、自分は何が好きなのか考えるだけで堂々巡りしていました。

 

前置きが長くなりましたが、この日以来、自分が漠然となってみたい職について調べています。その職に就くために必要な過程で、まず『好き』『嫌い』で判断していく。けっこう効果がありました。

 

例えば、私は絵が好きです。美術館にもふらっと一人で行ったり、授業も芸術系の授業を履修したり。小さいころから絵を描くのが好きで、マンガを描いたり、絵本も作ったりしていました。この、「絵が好き」ということを仕事につなげるとするといろいろな職業があります。私は幼いころ漫画家になりたいと思っていましたが、大学生の今、実際に職として漫画家をみてみるとでは、違うことが分かりました。漫画家になるまでの過程を『すき』『きらい』で判断したら『きらい』と思うことがありました。『きらい』というよりも、なんか気が進まない感じです。あ~漫画家になるにはこういう過程を通っていくのか、自分には職というより趣味ぐらいで描くのがあってるな~と思いました。

 

私が興味のあることは、芸術・絵・心(精神・メンタル)・心理・食(健康)・言葉・本・書くこと・精神とからだの関係・語学・ファッション・ヘアなどなど。

 

多すぎて関係する職を調べるだけで莫大な数出てきていますが、今少しずつ調べて『すき』『きらい』判断で振り分けています。実際にやってみないと分からないことも絶対にあるし、きらいと思ったことが案外すきになる可能性もあると思います。でも膨大な量の職から、自分の好きなことやしてみたいと思うこと、現実的な問題(お金・食べていけるのか)を考えていく中で、一つの判断として使える考え方だと思います。

 

わたしは判断したり職を調べていく中で、これが高校生の時にできていたらと思いました。わたしは高校で特進クラスに入りました。特進クラスは進学クラスよりも大学進学を一般入試で受ける人が多いです。圧倒的に。私は高校受験に落ちた時点で、大学は第一志望校の偏差値高いところに行ってやる!と思っていました。だから1年のころから勉強も頑張りました。正しい方向に勉強していなかったので成績はほとんど変わりませんでした。3年間は主に部活と勉強。もちろん遊びにも行ったりしました。

 

高校の次は大学に行くのが当たり前。専門学校行く人みたいに、自分のやりたいことが明確に決まってないし。良い大学に行けば、就職もできる。ネットにも書いてあるし。

 

そう信じていました。私はドイツ語をやりたかったので、ドイツ語学科や独文学科のある大学しか受けませんでした。結果的にはドイツ語学科でドイツ語とドイツ語圏のことを学んだり、研究したりできて良かったです。面白いし、もっと知りたいと思うし、後悔はないです。

 

でも将来のことは全く考えていませんでした。大学入ってからでいいやと思いました。そもそも将来のことや、自分について、自分の好きなことなどを考える機会がありませんでした。自分の将来よりも、とりあえず受験、大学へ行く、勉強をするしか頭にありませんでした。その結果、大学に入学して早々5月病になり、何もやる気が起きずに、なんで大学に入学したのかばかり考えました。大学をやめたいとも思いました。当然勉強にも手が付きませんでした。ドイツ語の小テストの点は半分以下、会話も文法も単位が取れるかギリギリでした。

 

ドイツ語の先生に言われた言葉。

「君たちはドイツ語を使って何かしたいと思って、この大学に入ったんでしょ?」

 

そういわれた私と友達は何も言い返せませんでした。答えられませんでした。高校生の進路選択の時点で、「私はドイツ語を使って〇〇をしたい!」なんて考えはありませんでした。

 

もし、進路選択をする高校生の時に戻れたなら私は自分の将来のことについて考えたでしょうか。大学生になって職を調べているうちに、ついてみたいと思う職には専門学校に行く必要があるものもありました。もしそのことに高校生の時点で気付いたら。もしかしたら大学進学にプラスして専門学校という道も考えていたと思います。

 

大学に進学したことは後悔していません。大学に入ってすぐは5月病になって落ち込んだりすることも多かったけど、最近では本当に授業がおもしろいと感じます。履修してみたい授業もたくさんあります。授業を通して、価値観が変わったり、新しい発見もありました。授業がきっかけで、気になる分野も増えました。気になるサークルもあって、新しい趣味ができるかもしれません。新しいことに挑戦できるかもしれません。大学生(学生)特権で図書館利用や美術館の割引、インターンに参加できたりもできます。何より、自分と向き合い自分の将来について考える機会ができました。

 

高校時代に戻ることはできないし、大学にはあと3年くらい通うけど、その中でもっともっと自分と向き合って将来のことについて考えていきたいと思います。

 

個人的に大学生版・大人版キッザニアがあればいいと思うんですけどね~

 

ブラック部活の記事をみて小中時代のブラックな面がたくさんよみがえった話。

暗い記事になります。

 

 

今日たまたまブラック部活に立ち向かった父親の話の記事を読んでました。それでふと、自分の部活時代や学生時代はどうだったかな~って思い出したら、今で言ったらブラックって言われるんじゃねと思うことがボロボロ出てきたんで書き残しておきます。もう卒業して3年以上たっているし時効かな。

※ここでいうブラックは、長時間労働(長時間部活)や暴言もありますが、当時のいじめや学校の雰囲気など暗い印象のことについてもブラックと表現しています(ちょっと説明がしづらい)

 

小学校時代のいじめ、暴言、体罰について。

多分どの小学校にも「いじめ」は存在していると思う。絶対に。よくテレビとかでアンケートとったら、これだけいじめがありましたっていうけど、きっともっと多い。私もいじめられたし、関わっていないだけで他人のいじめを認識していた被害者でもあり加害者でもあった時期がある。わたし自身のいじめは、自分にも非があった部分もあり、直して自分で解決することができたのでここでは割愛する。

 

・菌呼ばわり事件

小学3、4年生のころ。私のクラスにのび太くんぽい男の子A君がいた。Aくんは周りと少しずれていて、結構やっかみや愚痴の標的になりやすい子だった。ある日Aくんのことを「A菌~きったね~」という男の子がいた。その子は普段からAくんのことを菌呼ばわりしていた。みんなも私もそれを黙認していた。ある日、先生のいる前でその子はAくんをいつものように菌呼ばわりした。それを聞いた先生は大激怒して緊急会議を開いた。教室の机を下げて、みんなで丸くなり、A君を菌呼ばわりしている件について一人ずつ意見を述べさせた。みんな「菌呼ばわりするのはいけないと思います」と言った。たぶん最後にはその子はAくんに謝って終わったと思う。それ以降菌呼ばわりは無くなったはず。(あまり記憶にない)しかしその後もA君は標的になり、ズボンをおろされたりしていた。そしてまた緊急会議が開かれた。

 

・窓ガラス割られた事件

ある日窓ガラスが一部割られていた。割ってしまったのはBくんだった。けんかしてイライラして窓ガラスにあたったら割れたらしかった。Bくんは教室の前に立たされて質問攻めにされていた。みんなが何を質問していたか忘れたが、Bくんはすごくおどおどしていた。私も質問をした。「なんでガラスを割ろうと思ったんですか」と。この時のわたしは変な使命感と正義感から質問していた。Bくんが窓ガラスを割ってしまったのはホントぽかった。でも「ぽかった」だけであった。本人は認めているのか認めていないのか微妙だった。私はBくんが確実に犯人だと思い込んでいたし、周りの人もBくんがやったと疑っていなかった。私はこの質問をしたことをすごく後悔している。本当にガラスを割ってやる!と意図をもって割ったんだと決めつけていた。もっと「本当にそうなのか」と疑うことが必要だった。疑うことを学んだのは大学生になってからであった。

 

・忘れ物したから修学旅行のお小遣い減らすぞ事件 極道先生①

小学5、6年生の修学旅行前。急に担任(女;27歳)が「明日忘れ物絶対するな。したらみんなの修学旅行のお小遣い減らすから」という命令(?)を出した。翌日、4人の生徒が忘れ物をしてしまった。4人の生徒は教室の前に立たされて、みんなの前で泣きながら「忘れ物をして…すいませんでした…」と謝罪した。一人の男の子に対して先生は、「忘れ物するなって言ったよな?」と言い、胸倉をつかんで「なんで忘れものしたんだよ!!!!(狂気)」と揺さぶった。(ヤバい)その子はロッカーの近くにいたため、ロッカーに頭をぶつけた。すごく怖かった。お小遣いは3000円から1000円に減らすことになったが、当時の学級委員長中心になってみんなで「お小遣いを3000円にしてください(涙)」とお願いしに行ってなんとか3000円にもどった。

 

 

・ハンカチ忘れたら調理実習中止事件 極道先生②

調理実習の時間。2時間の調理実習でお菓子を作る予定だった。先生は「ハンカチちり紙、絶対忘れるな」と言った。次の日Aくんだけがハンカチを忘れた。調理実習は中止と言われた。Aくんはあの菌呼ばわりされていたAくんである。Aくんだけ立たされて、先生に忘れ物をしたことを謝罪をした。しかし先生は「ほかにも言うことあるよね?」とAくんを座らせなかった。Aくんは返答が少しずれてしまうこともあり、ぽかんとしていた。たぶん周りのみんなも先生が何をAくんの口から言わせたいのか理解していなかった。「もう言うことないなら座っていいよ」と先生は言った。Aくんは座ろうとした。すると先生は「座るんだ~そうすると思ったよ(ニュアンス)」のようなことを言っていた。慌ててAくんは座るのをやめた。ちなみに先生はAくんに、みんなにも謝罪することを要求していたらしい。ハンカチを忘れたこと、みんなの時間を奪ったことを謝罪した。そして先生は他の皆にも、「明日絶対忘れるなって声かけをすることは出来たよね?そうしたら忘れ物防げたよね。(できるんだったらしろよのニュアンス)」と言った。私は少し疑問を持ったがすぐ打ち消された。結局、調理実習は遅れてスタートした。

 

 

・上履き没収事件 極道先生③

防災訓練の日だったと思う。集団下校のため、上履きは持って帰らなくてはならなかった。しかし、下駄箱に何足か上履きが置いてあったのをみて、勘違いした私は「置いてっていいんだー♪ラッキー」なんて思って帰り際に置いていってしまった。翌日私と数名の上履きは見事になくなっていた。先生が上履きを没収していた。それに気づいた私は恐怖におびえながら、友達と一緒に朝イチで職員室に行き、先生に謝りに行った。「置いて行っちゃいけないって放送でも言ってたよね?なんで置いていったの?」と言われた。怖くて怖くてたまらなかった。顔をあげられなかった。上履きは返してもらえなかった。泣いた。友達が「でも一番にあやまりにいったじゃん。えらいよ」と慰めてくれた。一日の半分を靴下で過ごした。その日の午後は全校集会があった。靴下で行くのはみじめだなと思っていたら、なんと上履きが返ってきた。でもあまり嬉しくはなかった。「あ、先生は学年集会で他の先生に、靴下でいる私たちを見られたくなくて上履きを返したんだ。上履き没収されているなんて知られたくなくて今返したんだ」と察知した。悲しくなった。

 

※小学校5,6年の担任(女;27歳)は若くきれいな先生でいい先生だと思っていた。実際担任がこの先生に代わって、私は学校に行くのが楽しくなった。しかし、この先生は怒ると本当に怖かった。特に忘れ物に対しては厳しかった。今でも、なにか忘れ物をしていないか心配で心配でたまらないし、忘れ物をしたら一生の終わりのように感じてしまうときがある。この先生には礼儀など役に立つことも教わったが、同時に恐怖も植え付けられていたと思う。ブチぎれると机を足で蹴っ飛ばしたし。

 

修学旅行でのクラスの集合写真を撮る際に、カメラマンさんが「OO先生は~?」と声をかける。だいたい「かわいい~」や「やさしい~」などと言って口をイーの形にできる言葉を選ぶが、私のクラスはみんな揃って「極道~!」と言ってた。撮っている間はネタで言っているような雰囲気だったし、みんなも先生もカメラマンさんも笑っていたけれど、これが私たちのクラスでできる唯一の先生に対する反抗だったのかもしれない。

 

 

 

長くなったので次の記事へ続きます

 

英語以外の言語を学んで気づいたこと。

わたしは大学でドイツ語を学んでいます。英語以外の言語を学んでみて気づいたことを書いていこうと思います。

 

英語の発音は難しい

ドイツ語にも難しい発音がありますが、今考えてみると英語の発音めっちゃ難しいです。舌を丸くする?感じとか簡単で短い文章を音読してみても、抑揚がすごいです。それに比べてドイツ語は英語ほど抑揚がなく、リズムにのれるのが多いので発音しやすいです。たぶん日本人はドイツ語の方が発音しやすいんじゃないかな、なんて思います(笑)それと、わたしには英語が母国語の人が話すカタコトの日本語より、ドイツ語が母国語の人が話すカタコトの日本語のほうがうまく聞こえます。

 

 

言語だけでなく、文化や価値観を一緒に学ぶべし

中高の英語の授業で、英語圏のこととかほとんど教わった記憶がありません。文化もほとんど知らなくて、価値観の違いもわからない。英語圏の人(英語=アメリカという認識がだいぶありますが)がどんな生活をしていて、どんな考え方をしてるのかとか、食事、宗教、歴史などを文法と一緒に学べていたら英語嫌いも少しは減るんじゃないかなって思います。言葉の背景には文化や価値観が強く出ていると思うので、そういうのを学べたらもっとおもしろいのにと思いますね。学校だとどうしても受験があるのでプリントばっかりやらされたりしがちですけど、それじゃほんとにつまらないですよね。

大学では、ドイツ語を学ぶだけではなく、歴史・文化・芸術・政治などさまざまなことを学べるので(必修)自然とドイツ語圏が身近になりました。ドイツ語圏の知識があるだけで文法などの学習も嫌と感じることはあまりないし、何より楽しみながら勉強できています。

 

 

ネイティブの授業が多い方が良い

私はネイティブ講師の授業が週に2回あります。そのネイティブの先生がドイツ人なんですけど日本語がペラペラで言語にも詳しいのでかなり面白いです。言葉を使うときのドイツ人の感覚も教えてくれます。週2回でもそこまで多くないかもしれないけれど、これからネイティブの人の授業を履修すればもっと増えるかもしれません。

中高時代の英語の授業では、ネイティブの先生って週1ぐらいじゃありません?私は中学校時代、英語が全く分からなかったので、先生が何言っているか理解できませんでした。日本語で説明してくれ!って思ってました。

でもネイティブの先生が授業をするときはやっぱりクラスの雰囲気は変わりましたね。ふざける人もほとんどいなかったし、座学というよりもゲームをしたりして楽しかったです。ただ座りっぱなしで、ノート取ってガリガリやる勉強だけじゃなくて、楽しみながら英語を学ぶのってすごく重要だと思います。やっぱり楽しくないと勉強は続かないと思いますし。学年が上がるとネイティブの授業も消滅してしまうのが残念でした。

 

 

受験英語で完璧意識が抜けなくなる

ドイツ語と英語を学んでいて感じるのが、言語を学ぶ時の気持ちの違いです。

ドイツ語を学ぶときは、完璧にしようという意識はあまり働きません。「分からない単語が出てきたら覚えればいいや~」「この単語ってこういう意味だったのか!」という感じであまり思いつめずに楽しくやっています。(さすがにテスト前はカツカツしてます)

でも英語を学ぼうとすると、すごく緊張するんです。間違えたらどうしよう、分からなかったらどうしよう、こんなものもできない、と自分を責めてしまいがちです。なんでかなと考えてみたら、受験が影響しているのかなと思いました。特に大学受験の時に英語をガリガリやっていたので、少しも間違えてはいけない、完璧にしなくてはいけないという意識がかなりしみついています。結構つらいです。今でもなかなか抜けなくて苦労しています。(気持ち的に)語学は完璧にしようと思わない方が良いとも言われますし、完璧意識をなくしたいのですが、まだ難しいです。

 

 

以上、英語以外の言語を学んでみての感想でした。めっちゃ関係ないですけど、わたしってブログ記事の口調が結構変わるんですね。自分のさかのぼってて思いました。(恥)