読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ザフトさんのブログだよ

自分自身と向き合うためにブログやってます。

冷静に分析してみた

前回の記事

 

waiwaijw.hatenadiary.jp

 この時は本当に落ち込んでしまって、涙がとまらなくて2,3日何も考えられませんでした。次のバイトまで1週間あるので、その間に私の人生の手引きである『嫌われる勇気』を中心に状況を分析していきたいと思います。

 

 

バイト先

私のバイト先はレジャー施設(テーマパーク)内の飲食店です。メニューはいろいろあります。ドリンク、麺類、ご飯もの、揚げ物。デザート系はほとんどありません。フードコートスタイルで注文を聞きに行ったりすることはありません。食券を買ってもらい、料理を作り、渡す。返却されたものを片付ける。特に難しい仕事ではないと思います。ただ、休日などは混雑するため、いかに効率よくできるかがカギだと思います。マニュアルはありません。

 

現在、バイトを続けるかどうか迷っています。気持ちとしては7:3でバイトを辞めたいと思っています。

 

 

原因論で考える 私編

私が辞めたいと考えるようになった理由は、バイト先にいる一人の先輩のことで精神的に辛くなってしまっているからです。

 

その先輩は高校時代の部活の同級生としゃべり方、考え方が酷似しています。ちなみにその子のことはかなり苦手でした。しかし、その先輩は仕事を教え方もうまく、分かりやすかったです。動きも早くて的確に指示してくれました。少し言い方がキツイ感じはしましたが間違ったことを言っておらず、理不尽に人格を責めることはなかったので、わたしも頑張ってミスをなくそうと努力しました。

 

バイト1日目は研修。ほとんど仕事はせず、洗い物をしたりしました。

2日目も洗い物しかしてません。

3日目は盛り付けやドリンクのやり方を教わりました。

(ここまで全て同じ先輩に教わる)

 

4日目に1回目の精神ダメージがきました。

この日は休日でかなり混んでいました。しかもキッチン内は3人。そのうち入りたての新人が一人。かなり忙しく、必死でやりましたが、周りが見えず気をつかえず、結構キツく怒られました。今までの注意とは違く、はじめて恐怖を感じました。休憩の時に、その状況を見ていた別の先輩がフォローしてくれました。「たぶんピリピリしてたんだと思うよ~」と。泣きそうになりましたが我慢して、家のふろ場で泣きました。ちなみに顔文字で表すとこんな感じです「(;_;)」

 

そして前回のバイト。その日は同じ料理が大量に注文され、予備で作っていた材料がなくなる事態が発生しました。注文は続く、盛り付けもしなくちゃいけない、でも足りない。補充に行こうと冷蔵庫を見ると予備がありません。先輩に言わなくては、でも怖い。手が震えました。恐怖を感じつつも勇気をもってそのことを伝えると、声を荒げて制服の帽子を台に叩きつけました。その場にいた他の先輩たちもみんな凍りました。空気が凍りました。泣きそうになりました。家のふろ場でまた大泣きました。ちなみに顔文字で表すとこんな感じです「(´;―;`)」

 

原因論で考えると、私がバイトを辞めたいと思った原因は先輩の言動であると言えます。先輩の言動によって私は恐怖心を覚え、休みの日には何も手を付けられず、ただただぼーっと過ごし、思い出しては涙が出てしまう。このような原因から辞めようかと考えました。

 

 

目的論で考える 私編

目的論で考えると、「その先輩と関わりたくないから、恐怖という感情をつくり出している」ということになります。そして「バイトを辞めたいという目的を達成するのために、やめる理由にちょうどいいものを探している」という状態です。

 

例えば、私が他の先輩に「〇〇さんを怒らせてしまって恐怖を感じてしまい何かを聞くことすらできません」といったとします。

そうすると悪いあの先輩、そして怒られて恐怖を感じてしまうかわいそうな私という構造ができます。人によっては同情して、私に気をつかってくれる人もいるかもしれません。その先輩と関わることを少なくしてくれるようにする人もいるかもしれません。私は被害者であり、あの先輩は加害者である!ということができます。

 

そして、バイトを辞める目的を達成するために、「あの先輩が怖くて思い悩んでしまう、学校と両立できないかもしれない、マニュアルがないから仕事が分からない、忙しいときにピリピリされて精神的に疲れる」という理由を探しているのです。

 

バイトを辞めたいと考えるのは、あの先輩が原因だからではなく、バイトを辞めるという目的を達成するのに先輩の件がちょうどいい要因であり、またその先輩と関わらないように、先輩を加害者とするために恐怖という感情をねつ造した。と考えられます。

 

 

 

感情論で考える 先輩編

次に、先輩側の行動を感情論で考えたいと思います。一番衝撃が大きかった、帽子を叩きつけた件について。推測しながら書きます。

忙しいなか新人が材料がないことを伝えるのが遅かったというミスにより、イライラして帽子を叩きつけてしまった。周りが見えてなく、この新人のせいで私は怒っているんだ。怒りに駆られ考えるよりも先に声を荒げ、帽子を叩きつけてしまった。(こんな感じですかね)

 

 

目的論で考える 先輩編

目的論で考えるならば、「帽子を叩きつけたいがために、怒った」ということになります。帽子を叩きつけることでミスした新人に恐怖心を与え屈服させ、自分の言うことを聞かせたかった。その手段として怒りの感情をねつ造したといえます。

 

原因論で考えるとその怒りは新人が原因であり、帽子を叩きつけたのが仕方ないとします。しかし、たまたまそれが帽子じゃなく刃物であったらどうでしょうか。叩きつけるのではなく、手に持っていた刃物で刺してしまったら、それも仕方がないと言えるのでしょうか。極論に思われるかもしれませんが、怒りに駆られてしてしまったことが仕方ないと言ってしまうと極論ではありません。

 

言葉で説明することを面倒に感じて、新人という無抵抗ですべてを知らない相手を、より安直な手段で屈服させようとした。その道具として怒りの感情を使い、声を荒げ、帽子を叩きつけたと言えるのではないでしょうか。

 

『嫌われる勇気』の例にもあるように、親と子がけんかをしている最中に電話が鳴り、電話の相手が子供の教師だと分かると途端に声色を変えて話す親。そして電話が終わると再び怒り出す。よくあることですが、このことから確かに怒りは出し入れ可能な「道具」であると言えますね。

実際に、私の時には言い方をきついのに、仲のいい子にはきつくなくむしろ怒っていないので相手を選んで怒っているんだと感じますし、怒りを出し入れしているなと思います。

 

 

これからどうする?

悪いあの人、かわいそうな私では何も状況は変わりません。そして、他人を自分の期待どおりの人に変えることはできません。なので自分が変わるしかないと思っています。

 

大切なのは何が与えられているかではなく、与えられたものをどう使うかである

 

こう考えるのであれば、この与えられた状況において、まず仕事のミスを減らすようにすること。それと、マニュアル(業務一覧)がないため、アルバイトの仕事のうち、どこまで教わっていて、何をまだ知らなくて、仕事自体どんなことがあるのかもわかりません。

 

さらに、人によって自己流で教えていたりするのでやり方が違います。この状況は入ってきた新人にも、バイトの人たちにとっても悪影響だと思います。そして、社員が常にいるわけではなく、ほとんど現場にいません。先輩がピリピリしているのも、業務内容を知らない新人が多く、自己判断をしてミスをしまったり、その先輩だけに新人教育を任せっきりというのは無理があると思います。

 

社員の人がどのくらい忙しいのか私にはわかりません。しかし、今やめたいと思ってやめる理由を探している状態で、結果的にやめるのならば、どうせやめるのならば、わたしからまず社員の方に現状を話して解決策を提案していこうと思います。特にマニュアルの件に関しては。そうでないと、とてもじゃないけど精神も疲れてボロボロになるし、新しく入ってきた新人、教えることと全体をまとめることで精いっぱいな先輩の状況は変わらないでしょう。私は入って数日の新人ですし、研修期間すら3分の1も過ぎてませんが、まず話していきたいと思います。それでなにも状況が良くならず、否定的であるのであれば、精神が持たないのでやめようと思います。

怖い

バイトの先輩がこわい

 

私はそんな先輩のイライラの当たり屋になっている気がする

 

今日、見たんだよ

 

先輩が私のことでイライラした時に、頭に被った帽子を机に叩きつけたこと

 

ああ、私はこれからどうやって接して行けばいいのだろう

 

顔のかわいい子やノリのいい子はすぐに打ち解けられて好かれているように見える

 

それとは対照的に、私は真面目と言われるし、ノリが良くないと思う

 

ホントのところはわからない

 

声のトーン、顔の表情、モノの扱い方

 

怒りの感情がこもったこれらは、私の心に容赦なく刺さる

 

刺さってできた傷は、自分で自分を責めると言うかたちで傷がえぐられていく

 

我慢した涙は言葉にできない感情

 

もうやめてよ

なんでこんなに私を傷つけるの

 

どうしてわたしは傷つくのだろう

どうしてわたしは自分で傷つけてしまうのだろう

 

あの人は私をどうしたいのだろう

 

帽子を叩きつけた瞬間、周りの空気が一瞬凍った

あ、これ前のときと一緒だ

 

他人を変えることは難しい

だから自分がまず変わるんだ

完璧でなければいけない、完璧な人は価値のある人であり、完璧でない自分でないと価値がない思いこんでいる

でもそう考えるのは非現実的だ

自分の価値は他人ではなく自分で決めること

そう思いながらやってきた

 

失敗しても、自分を責めないように、自分で自分を傷つけて殺さないように

 

失敗は学びだ

失敗しても挑戦しなければ成功はしない、その時々で条件は違うんだから

 

メモ帳に書いて、失敗してしまったときに見返したりした

 

でも今日でなんだか心がポキッと折れてしまった感じがする

 

他の人が失敗しても、私が失敗しても同じトーンだった声は勢いをつけた

 

いままで自分が失敗してしまったときに言われたときは「次こそ」と思った

 

しかしもう恐怖を感じてしまった

恐怖心が植えついてしまった

声をかけるのが怖い

何も聞けない

手が震える

心臓がバクバクする

 

あ、あともう一つ見てしまった

2年近く務めている人が機嫌悪そうな声で私ともう一人を注意した時に、あの人はその人に同情した

それもすごく優しい声で

2人は仲がいい

 

もちろん、失敗や注意を受けてばかりではダメだ

努力しなくてはならない

 

しかし、そんなことを考える余裕もなくなってしまっている

 

一緒に注意されたその子も、私も、おとなしくて真面目と言われるようなタイプだ

同情された子はノリが良くて明るい

 

今日で明らかになったのは、やっぱり自分と似たタイプの人には甘いんだ

自分と似たタイプの人がミスをしても、それは笑って済むものになる

 

でも、おとなしくて扱い安い人、下に見ることが出来る人には強くでるんだなって

 

仕事中に泣くのを我慢して、帰り道の電車でも泣きそうになっちゃって、結局家の風呂場でずっと泣いたけど

 

今日入ってきた新入りの人は2人のうち1人は私と同じようにおとなしそうな子だった

素直そうな子

 

その子を見てたら、なんだか私と同じように、もしかしたらイライラのはけ口にされるんじゃないかなと思った

 

陽キャラ陰キャラとか、明るい大人しいとか人間を完全に2つに区別することはできないけど、今日はその区別を感じた日だった

 

明日からどうやって生きようか

バイト4日目だけどあれこれ言う

バイトを始めました。

 

前からバイトは時間をお金に変えているだけだと思っていたし、出来ることならやりたくないです。その時間を読書にあてたいと思うし、自分の勉強だってしたいです。でもお金がなければ本は買えません。お小遣いは大学生になってストップです。短期バイトで稼いだお金を本やインターンに使って結構充実しました。でも使えるお金が少ないので、今は充実感がありません。生きている!って感じがしません。なのでアルバイトを始めました。(前置きが長い)

 

まだ4日目の新人ですけど、働いている中で思ったことひたすら書きます。

 

 

 

新人に恐怖を与えたら終わりだ

 

新人の人に何かを教えるときに、恐怖を与えてしまったら終わりだと思うんです。

 

例えば一度聞いたことを忘れてしまって、もう一度聞いた時に「前にも言ったよね?」と言う。教える側としては、一度聞いたことは忘れないようにしてほしい、メモしてほしい、メモしたならちゃんと見返してほしいと思う気持ちも分かります。新人はそういう努力は最低限するべきです。何度も何度も聞いて仕事を滞らせてしまうことは避けて、周りのためにも自分のためにもきちんと覚えなくてはいけません。

 

しかし、先ほどの「前にも言ったよね?(何で覚えていないんだよ、自分で考えろよ)」とだけ言ってほったらかしにするのは絶対に良くないです。「前にも言ったよね?(ちゃんとやれよ)」と圧力をかけて放置するのではなく、教えてあげればいいじゃないですか。

 

何度言っても覚えないなら、どうして覚えられないのか一緒に考えてあげればいいじゃないですか。先に他の人が教えてたやり方でやっていたことが間違っていた可能性はないんですか?聞いてくるだけマシではないですか?聞かずに分からないままミスをして、それが重大な事故に繋がったらやばくないですか?

一方的に教えるだけで、新人は「はい、はい」言うだけじゃなくて、最後にもう一度確認させるとか、教えたことを3回その場で復唱させてみるとか、いろいろ方法はあると思うんです。

 

何度も失敗したことは忘れにくいように、失敗する前にまず、教えた段階でその場で覚えさせる工夫をする。絶対に失敗を防げるわけではないし、失敗をしてしまうことだってあります。でもそうした方が何回も失敗して仕事に影響が出たり、新人のメンタルがやられる回数は減ると思うんです。もちろん、教える側だけじゃなくて教わる側もちゃんと覚える努力はしなければなりません。

 

同じ言葉でも、声のトーン、表情によって新人が恐怖を感じることだってあります。「前にも言った=自分は一度言われたことを完璧にできない人間」と思ってしまう人もいると思います。自分を責めてしまう人もいるはずです。

 

何かを教えるときに、新人の使えなさにイライラしてきつく当たってしまう。言った本人は数時間もすれば忘れるでしょう。少し言い方きつかったかなと思う人もいるかもしれません。

 

しかし言われた側はどう思うのでしょうか。責任感が強いほど、完璧意識が強いほど、自分を責めてしまいます。分からなくなったことを聞けなくなります。聞けなくなるというより、むしろ「聞きたくなくなる」と言った方が正確かもしれません。またきつく言われるのではないかという恐怖心がとれません。仕事をしていくうえで、「お客さんのために・周りの仲間がスムーズに仕事ができるように」自分が仕事をきちんと覚えるのではなく、「あの先輩に怒られないために」仕事を早く覚えなくちゃいけないという意識になってしまいます。こんなのおかしくないですか。

 

新人は不安を常に抱えながら仕事をしています。できることが少ないです。すぐにできる要領のいい人もいれば、何回やってもうまくいかない人だっています。他人は自分の期待通りに動いてくれるわけではありません。教える側は新人の人にどう動いてほしいのか考えさせたりすることが必要だし、分からなければ伝えていくことをするべきだと思います。

 

また、新人の行動がのろのろしている、まぁいいやと思って働いているように見えることもあるかもしれません。でもそんなときに、「本当にそう思って働いているのか?」と疑うことはすごく大切だと思っています。なぜなら人の心の中は見えないからです。心の中で思っていることは大抵行動に出ます。のろのろして働いている新人はやる気がないと思われるかもしれません。けれど本当にそうでしょうか。その人のなかでは丁寧に仕事をしようと意識して行動が遅くなっているのかもしれません。教わったことを考えながら作業をしてて行動が遅いのかもしれません。早く帰りたいな~と思っているかもしれません。本当のところは分からないのです。だからこそ、思い込みでその人を見るんじゃなくて、見方を疑い、時には話を聞いてみる必要があるんじゃないでしょうか。

 

いろいろ書いてきましたが、教えられる側は先輩の教えてくれたことを覚える努力はするべきだし、暇な時間があればすぐにメモをしたり、先輩がどのように動いているか見ていくことも大切です。

 

教える側の先輩も、教えられる側の新人もお互いが仕事をしていくうえで努力して気をつかうことが重要ではないでしょうか。

 

 

それにしても、キツイい方をされて泣きそうになりながらも耐えながら仕事をするのはきついですね。

もしも高校時代にもどれるなら、もっと将来について考えていただろうか

ここ最近、自分の将来について改めて考えています。

 

自分は何が好きなのか、何がしたいのか、どんな仕事が向いているのか、そのためには何をしたらいいのか。

 

春休み前に、私の大学を卒業して海外で働いている人の話を聞きました。話の趣旨は、世界で就職をするにはどうするのか、就活について、将来のことについて、いろいろ聞きました。

 

わたしは、自分の好きなことを仕事として選ぶのか、親がすすめる安定した公務員の道を目指すのか迷っていました。わたしの気持ちとしては自分の好きなことや、それにかかわることを仕事にしたい。でも、将来が不安。公務員みたいな安定している職のほうがいいのかもしれない。といった感じでした。

 

その方に質問してみました。すごく勇気がいりました。別に質問しなくてもいいんじゃないかとも思いました。でも、どうしたらいいか分からなかった。お話を聞いていて、この人に聞いてみたいと思えました。

 

そうしたら、「まず、自分の興味のある職業について調べてみて、その職に就くために必要なことやしなければならないことを『すき』『きらい』で選んでいく。その職業のことを何も知らないで判断することはすごく危険」とアドバイスをもらいました。

 

実際私は興味の幅が大きく、なってみたいと思う職業が多すぎていました。でもそれぞれの職に対しては、ふわふわしたイメージしかありませんでした。その職に就くために必要な資格や、修得するまでにかかる時間、お金、どういう過程を経てその仕事に就くのか。ほとんど知らずに、自分は何が好きなのか考えるだけで堂々巡りしていました。

 

前置きが長くなりましたが、この日以来、自分が漠然となってみたい職について調べています。その職に就くために必要な過程で、まず『好き』『嫌い』で判断していく。けっこう効果がありました。

 

例えば、私は絵が好きです。美術館にもふらっと一人で行ったり、授業も芸術系の授業を履修したり。小さいころから絵を描くのが好きで、マンガを描いたり、絵本も作ったりしていました。この、「絵が好き」ということを仕事につなげるとするといろいろな職業があります。私は幼いころ漫画家になりたいと思っていましたが、大学生の今、実際に職として漫画家をみてみるとでは、違うことが分かりました。漫画家になるまでの過程を『すき』『きらい』で判断したら『きらい』と思うことがありました。『きらい』というよりも、なんか気が進まない感じです。あ~漫画家になるにはこういう過程を通っていくのか、自分には職というより趣味ぐらいで描くのがあってるな~と思いました。

 

私が興味のあることは、芸術・絵・心(精神・メンタル)・心理・食(健康)・言葉・本・書くこと・精神とからだの関係・語学・ファッション・ヘアなどなど。

 

多すぎて関係する職を調べるだけで莫大な数出てきていますが、今少しずつ調べて『すき』『きらい』判断で振り分けています。実際にやってみないと分からないことも絶対にあるし、きらいと思ったことが案外すきになる可能性もあると思います。でも膨大な量の職から、自分の好きなことやしてみたいと思うこと、現実的な問題(お金・食べていけるのか)を考えていく中で、一つの判断として使える考え方だと思います。

 

わたしは判断したり職を調べていく中で、これが高校生の時にできていたらと思いました。わたしは高校で特進クラスに入りました。特進クラスは進学クラスよりも大学進学を一般入試で受ける人が多いです。圧倒的に。私は高校受験に落ちた時点で、大学は第一志望校の偏差値高いところに行ってやる!と思っていました。だから1年のころから勉強も頑張りました。正しい方向に勉強していなかったので成績はほとんど変わりませんでした。3年間は主に部活と勉強。もちろん遊びにも行ったりしました。

 

高校の次は大学に行くのが当たり前。専門学校行く人みたいに、自分のやりたいことが明確に決まってないし。良い大学に行けば、就職もできる。ネットにも書いてあるし。

 

そう信じていました。私はドイツ語をやりたかったので、ドイツ語学科や独文学科のある大学しか受けませんでした。結果的にはドイツ語学科でドイツ語とドイツ語圏のことを学んだり、研究したりできて良かったです。面白いし、もっと知りたいと思うし、後悔はないです。

 

でも将来のことは全く考えていませんでした。大学入ってからでいいやと思いました。そもそも将来のことや、自分について、自分の好きなことなどを考える機会がありませんでした。自分の将来よりも、とりあえず受験、大学へ行く、勉強をするしか頭にありませんでした。その結果、大学に入学して早々5月病になり、何もやる気が起きずに、なんで大学に入学したのかばかり考えました。大学をやめたいとも思いました。当然勉強にも手が付きませんでした。ドイツ語の小テストの点は半分以下、会話も文法も単位が取れるかギリギリでした。

 

ドイツ語の先生に言われた言葉。

「君たちはドイツ語を使って何かしたいと思って、この大学に入ったんでしょ?」

 

そういわれた私と友達は何も言い返せませんでした。答えられませんでした。高校生の進路選択の時点で、「私はドイツ語を使って〇〇をしたい!」なんて考えはありませんでした。

 

もし、進路選択をする高校生の時に戻れたなら私は自分の将来のことについて考えたでしょうか。大学生になって職を調べているうちに、ついてみたいと思う職には専門学校に行く必要があるものもありました。もしそのことに高校生の時点で気付いたら。もしかしたら大学進学にプラスして専門学校という道も考えていたと思います。

 

大学に進学したことは後悔していません。大学に入ってすぐは5月病になって落ち込んだりすることも多かったけど、最近では本当に授業がおもしろいと感じます。履修してみたい授業もたくさんあります。授業を通して、価値観が変わったり、新しい発見もありました。授業がきっかけで、気になる分野も増えました。気になるサークルもあって、新しい趣味ができるかもしれません。新しいことに挑戦できるかもしれません。大学生(学生)特権で図書館利用や美術館の割引、インターンに参加できたりもできます。何より、自分と向き合い自分の将来について考える機会ができました。

 

高校時代に戻ることはできないし、大学にはあと3年くらい通うけど、その中でもっともっと自分と向き合って将来のことについて考えていきたいと思います。

 

個人的に大学生版・大人版キッザニアがあればいいと思うんですけどね~

 

ブラック部活の記事をみて小中時代のブラックな面がたくさんよみがえった話。

暗い記事になります。

 

 

今日たまたまブラック部活に立ち向かった父親の話の記事を読んでました。それでふと、自分の部活時代や学生時代はどうだったかな~って思い出したら、今で言ったらブラックって言われるんじゃねと思うことがボロボロ出てきたんで書き残しておきます。もう卒業して3年以上たっているし時効かな。

※ここでいうブラックは、長時間労働(長時間部活)や暴言もありますが、当時のいじめや学校の雰囲気など暗い印象のことについてもブラックと表現しています(ちょっと説明がしづらい)

 

小学校時代のいじめ、暴言、体罰について。

多分どの小学校にも「いじめ」は存在していると思う。絶対に。よくテレビとかでアンケートとったら、これだけいじめがありましたっていうけど、きっともっと多い。私もいじめられたし、関わっていないだけで他人のいじめを認識していた被害者でもあり加害者でもあった時期がある。わたし自身のいじめは、自分にも非があった部分もあり、直して自分で解決することができたのでここでは割愛する。

 

・菌呼ばわり事件

小学3、4年生のころ。私のクラスにのび太くんぽい男の子A君がいた。Aくんは周りと少しずれていて、結構やっかみや愚痴の標的になりやすい子だった。ある日Aくんのことを「A菌~きったね~」という男の子がいた。その子は普段からAくんのことを菌呼ばわりしていた。みんなも私もそれを黙認していた。ある日、先生のいる前でその子はAくんをいつものように菌呼ばわりした。それを聞いた先生は大激怒して緊急会議を開いた。教室の机を下げて、みんなで丸くなり、A君を菌呼ばわりしている件について一人ずつ意見を述べさせた。みんな「菌呼ばわりするのはいけないと思います」と言った。たぶん最後にはその子はAくんに謝って終わったと思う。それ以降菌呼ばわりは無くなったはず。(あまり記憶にない)しかしその後もA君は標的になり、ズボンをおろされたりしていた。そしてまた緊急会議が開かれた。

 

・窓ガラス割られた事件

ある日窓ガラスが一部割られていた。割ってしまったのはBくんだった。けんかしてイライラして窓ガラスにあたったら割れたらしかった。Bくんは教室の前に立たされて質問攻めにされていた。みんなが何を質問していたか忘れたが、Bくんはすごくおどおどしていた。私も質問をした。「なんでガラスを割ろうと思ったんですか」と。この時のわたしは変な使命感と正義感から質問していた。Bくんが窓ガラスを割ってしまったのはホントぽかった。でも「ぽかった」だけであった。本人は認めているのか認めていないのか微妙だった。私はBくんが確実に犯人だと思い込んでいたし、周りの人もBくんがやったと疑っていなかった。私はこの質問をしたことをすごく後悔している。本当にガラスを割ってやる!と意図をもって割ったんだと決めつけていた。もっと「本当にそうなのか」と疑うことが必要だった。疑うことを学んだのは大学生になってからであった。

 

・忘れ物したから修学旅行のお小遣い減らすぞ事件 極道先生①

小学5、6年生の修学旅行前。急に担任(女;27歳)が「明日忘れ物絶対するな。したらみんなの修学旅行のお小遣い減らすから」という命令(?)を出した。翌日、4人の生徒が忘れ物をしてしまった。4人の生徒は教室の前に立たされて、みんなの前で泣きながら「忘れ物をして…すいませんでした…」と謝罪した。一人の男の子に対して先生は、「忘れ物するなって言ったよな?」と言い、胸倉をつかんで「なんで忘れものしたんだよ!!!!(狂気)」と揺さぶった。(ヤバい)その子はロッカーの近くにいたため、ロッカーに頭をぶつけた。すごく怖かった。お小遣いは3000円から1000円に減らすことになったが、当時の学級委員長中心になってみんなで「お小遣いを3000円にしてください(涙)」とお願いしに行ってなんとか3000円にもどった。

 

 

・ハンカチ忘れたら調理実習中止事件 極道先生②

調理実習の時間。2時間の調理実習でお菓子を作る予定だった。先生は「ハンカチちり紙、絶対忘れるな」と言った。次の日Aくんだけがハンカチを忘れた。調理実習は中止と言われた。Aくんはあの菌呼ばわりされていたAくんである。Aくんだけ立たされて、先生に忘れ物をしたことを謝罪をした。しかし先生は「ほかにも言うことあるよね?」とAくんを座らせなかった。Aくんは返答が少しずれてしまうこともあり、ぽかんとしていた。たぶん周りのみんなも先生が何をAくんの口から言わせたいのか理解していなかった。「もう言うことないなら座っていいよ」と先生は言った。Aくんは座ろうとした。すると先生は「座るんだ~そうすると思ったよ(ニュアンス)」のようなことを言っていた。慌ててAくんは座るのをやめた。ちなみに先生はAくんに、みんなにも謝罪することを要求していたらしい。ハンカチを忘れたこと、みんなの時間を奪ったことを謝罪した。そして先生は他の皆にも、「明日絶対忘れるなって声かけをすることは出来たよね?そうしたら忘れ物防げたよね。(できるんだったらしろよのニュアンス)」と言った。私は少し疑問を持ったがすぐ打ち消された。結局、調理実習は遅れてスタートした。

 

 

・上履き没収事件 極道先生③

防災訓練の日だったと思う。集団下校のため、上履きは持って帰らなくてはならなかった。しかし、下駄箱に何足か上履きが置いてあったのをみて、勘違いした私は「置いてっていいんだー♪ラッキー」なんて思って帰り際に置いていってしまった。翌日私と数名の上履きは見事になくなっていた。先生が上履きを没収していた。それに気づいた私は恐怖におびえながら、友達と一緒に朝イチで職員室に行き、先生に謝りに行った。「置いて行っちゃいけないって放送でも言ってたよね?なんで置いていったの?」と言われた。怖くて怖くてたまらなかった。顔をあげられなかった。上履きは返してもらえなかった。泣いた。友達が「でも一番にあやまりにいったじゃん。えらいよ」と慰めてくれた。一日の半分を靴下で過ごした。その日の午後は全校集会があった。靴下で行くのはみじめだなと思っていたら、なんと上履きが返ってきた。でもあまり嬉しくはなかった。「あ、先生は学年集会で他の先生に、靴下でいる私たちを見られたくなくて上履きを返したんだ。上履き没収されているなんて知られたくなくて今返したんだ」と察知した。悲しくなった。

 

※小学校5,6年の担任(女;27歳)は若くきれいな先生でいい先生だと思っていた。実際担任がこの先生に代わって、私は学校に行くのが楽しくなった。しかし、この先生は怒ると本当に怖かった。特に忘れ物に対しては厳しかった。今でも、なにか忘れ物をしていないか心配で心配でたまらないし、忘れ物をしたら一生の終わりのように感じてしまうときがある。この先生には礼儀など役に立つことも教わったが、同時に恐怖も植え付けられていたと思う。ブチぎれると机を足で蹴っ飛ばしたし。

 

修学旅行でのクラスの集合写真を撮る際に、カメラマンさんが「OO先生は~?」と声をかける。だいたい「かわいい~」や「やさしい~」などと言って口をイーの形にできる言葉を選ぶが、私のクラスはみんな揃って「極道~!」と言ってた。撮っている間はネタで言っているような雰囲気だったし、みんなも先生もカメラマンさんも笑っていたけれど、これが私たちのクラスでできる唯一の先生に対する反抗だったのかもしれない。

 

 

 

長くなったので次の記事へ続きます

 

英語以外の言語を学んで気づいたこと。

わたしは大学でドイツ語を学んでいます。英語以外の言語を学んでみて気づいたことを書いていこうと思います。

 

英語の発音は難しい

ドイツ語にも難しい発音がありますが、今考えてみると英語の発音めっちゃ難しいです。舌を丸くする?感じとか簡単で短い文章を音読してみても、抑揚がすごいです。それに比べてドイツ語は英語ほど抑揚がなく、リズムにのれるのが多いので発音しやすいです。たぶん日本人はドイツ語の方が発音しやすいんじゃないかな、なんて思います(笑)それと、わたしには英語が母国語の人が話すカタコトの日本語より、ドイツ語が母国語の人が話すカタコトの日本語のほうがうまく聞こえます。

 

 

言語だけでなく、文化や価値観を一緒に学ぶべし

中高の英語の授業で、英語圏のこととかほとんど教わった記憶がありません。文化もほとんど知らなくて、価値観の違いもわからない。英語圏の人(英語=アメリカという認識がだいぶありますが)がどんな生活をしていて、どんな考え方をしてるのかとか、食事、宗教、歴史などを文法と一緒に学べていたら英語嫌いも少しは減るんじゃないかなって思います。言葉の背景には文化や価値観が強く出ていると思うので、そういうのを学べたらもっとおもしろいのにと思いますね。学校だとどうしても受験があるのでプリントばっかりやらされたりしがちですけど、それじゃほんとにつまらないですよね。

大学では、ドイツ語を学ぶだけではなく、歴史・文化・芸術・政治などさまざまなことを学べるので(必修)自然とドイツ語圏が身近になりました。ドイツ語圏の知識があるだけで文法などの学習も嫌と感じることはあまりないし、何より楽しみながら勉強できています。

 

 

ネイティブの授業が多い方が良い

私はネイティブ講師の授業が週に2回あります。そのネイティブの先生がドイツ人なんですけど日本語がペラペラで言語にも詳しいのでかなり面白いです。言葉を使うときのドイツ人の感覚も教えてくれます。週2回でもそこまで多くないかもしれないけれど、これからネイティブの人の授業を履修すればもっと増えるかもしれません。

中高時代の英語の授業では、ネイティブの先生って週1ぐらいじゃありません?私は中学校時代、英語が全く分からなかったので、先生が何言っているか理解できませんでした。日本語で説明してくれ!って思ってました。

でもネイティブの先生が授業をするときはやっぱりクラスの雰囲気は変わりましたね。ふざける人もほとんどいなかったし、座学というよりもゲームをしたりして楽しかったです。ただ座りっぱなしで、ノート取ってガリガリやる勉強だけじゃなくて、楽しみながら英語を学ぶのってすごく重要だと思います。やっぱり楽しくないと勉強は続かないと思いますし。学年が上がるとネイティブの授業も消滅してしまうのが残念でした。

 

 

受験英語で完璧意識が抜けなくなる

ドイツ語と英語を学んでいて感じるのが、言語を学ぶ時の気持ちの違いです。

ドイツ語を学ぶときは、完璧にしようという意識はあまり働きません。「分からない単語が出てきたら覚えればいいや~」「この単語ってこういう意味だったのか!」という感じであまり思いつめずに楽しくやっています。(さすがにテスト前はカツカツしてます)

でも英語を学ぼうとすると、すごく緊張するんです。間違えたらどうしよう、分からなかったらどうしよう、こんなものもできない、と自分を責めてしまいがちです。なんでかなと考えてみたら、受験が影響しているのかなと思いました。特に大学受験の時に英語をガリガリやっていたので、少しも間違えてはいけない、完璧にしなくてはいけないという意識がかなりしみついています。結構つらいです。今でもなかなか抜けなくて苦労しています。(気持ち的に)語学は完璧にしようと思わない方が良いとも言われますし、完璧意識をなくしたいのですが、まだ難しいです。

 

 

以上、英語以外の言語を学んでみての感想でした。めっちゃ関係ないですけど、わたしってブログ記事の口調が結構変わるんですね。自分のさかのぼってて思いました。(恥)

インターンについて正直に思っていることを書く(島キャン)

 

「島キャン」というのを聞いたことがあるだろうか。

 

「島おこしインターンシップ」といって、2週間島に行ってインターンをする。就業内容は農業、役所、ホテル、など多岐にわたる。島に行って働くを知り、島を知り、若者の力で島を活性化させるというものだ。

 

第一志望に落ち、大学生活に何もやる気が起きず、だらだらしていた私はこの「島キャン」に期待していた。インターンで企業の中で働くのはちょっと抵抗がある、でも大学生になったんだから新しいことに挑戦したい、夏休みは1か月以上あるから無駄に過ごしたくない。

 

ホームページでの体験談や島キャン生から直接聞く話にくぎ付けになった。「島の人たちは本当にいい人」「帰りたくなくなった」「ほんとうにおすすめ」そんな言葉ばかりだった。また、就活でアピールできるという言葉や動画をみて、ネタづくりになるかなと思った。

 

 

就業先が第5希望になった

就業先一覧から第5希望まで書いて提出する。私は農業などの都会でできないことをしたかったため、第1希望はそのような場所にした。しかし、就業先まで往復自費なこと、無給のところがおおいこと、宿泊代もかかることから、第2希望からはなるべく補助のあるところを選んだ。補助というのは、例えば自治体から宿泊代~円までは出しますよだったり、まかない(無料)がでたりなどだ。補助の多いところはほとんどがホテルなどだった。結果的に第5希望のホテルとなった。(他の人も第1希望で通った人はほとんどいないらしい)そこは宿泊+3食まかない付きで一泊1000円。まぁ普通に泊まるよりは断然安い。最後にダイビングをさせてもらったり(タダ)、うきわや自転車などもレンタルはタダだった。ダイビングも、レンタルも補助にふくまれていた。

就業先を選ぶ段階でかなり親ともめた。親の言い分は「働くのに給料が出ないのはおかしい」「宿泊費をとるところがあるなんてケチだ」などなど。その時のわたしは、「給料をもらえなくてもすごく良い経験ができるんだ…!就職でアピールできるような経験…!島の人たちとの涙のお別れ…!働くことを知った私…!」という妄想が膨らんでいた。脳内お花畑と言われてもおかしくないだろう。とにかく行って経験あるのみ、やってみなけりゃわからんぜぇとかいろいろ考えていた。このころ、ちょこちょこネットで無給インターンについての記事を読んでいたりもした。

 

 

2週間働いてみたけど

一緒に働く島キャン生は私ともう一人。就業時間は10時から8時間程度。たまに早く終わることもあった。業務内容はフロントで接客、客室清掃、レストランのホールと書いてあった。が、実際は2週間ずっと客室清掃だけだった。10時に集合場所に行き、14時には清掃し終える予定だが、人が足りないので結局16時にごろに終わる。お昼ご飯はほとんど16時過ぎに食べた。夕ご飯はお腹に入らないので、途中から夜のまかないをなくして1日2食で過ごした。客室清掃の後はトイレ掃除(きいてない)と窓ふき床そうじ・床磨きをした。掃除しかしてねぇ。夏だったから汗がだらだら出た。それでも来たからには一生懸命やった。しかし、私は思った。

 

「これって、いいように使われてるだけじゃね」

 

考えないようにした。しかし、日に日にこの思いが頭を占めてきた。給料が出ているのならともかく、私たちは無給で働いている。そして一緒に働いているパートのおばちゃんたちは給料をもらっている。私たちはもらっていない。経験の差こそあれ、同じ仕事内容をこなしている。でも私たちはお金をもらっていない。お金もらってない。いつしか一緒に働く同期の子と、こんなことを言うこともあった。

 

「まじでいいように使われてるよね」

 

「給料でてねぇし」

 

「ほんとそれな」

 

「時給700円だとしても結構たまるんじゃね」

 

「もう適当でよくね」

 

「それ」

 

トイレ掃除を少し手抜きでやりました。

 

 

やっぱお金大事

2週間のうち働いたのは10日間。4日間は休み。休みの日に観光もできた。おいしいものもたくさん食べた。島の人たちはあたたかい人が多かった。思い出もできた。同時にお金もたくさん使った。あちゃー。

私がこのインターンで学んだのは、「お金の大事さ」だった。無給で働いている人間と、給料をもらっている人間が同じ仕事内容で働く。時給の差があるならまだしも、無給となるとやる気がなくなっていった。「なんで給料出ていないで働いてるんだろう。お金ほしい。お金。」と頭の中がお金でいっぱいだった。お金はときに汚いイメージをもたれる。しかし、お金は同時に働くものに仕事に対するやる気を与えてくれる。労働に対する証のような存在である。毎日毎日、自分が頑張って働いてきた証である。お金に対する意識が変わった。たかがお金、されどお金。このインターンをしなければ気づけなかったかもしれない。

 

 

期待しすぎ

それと、私はこのインターンに期待しすぎていた。のちの報告会で、他の人たちの働いていた話を聞いた。「ほんとうに忘れられない経験になったし、今でも思い出しただけで泣けてくる」そう語る人もいた。その顔は心からそう思っているんだなと思える顔をしていた。一方で、つらい経験をした人もいた。就業先の人と合わず、同期とも合わず、毎日泣いていたという子もいた。良い体験をしたと心から言える子たちがうらやましかった。もっと島の人と交流したいと思っていたけれど、そこまで多くは出来なかった。でも2週間で島のことを知れたのは良い機会だったし、また島を訪れるかと聞かれたらイエスと答える。

参加する前のわたしは、島キャンに参加すればすべてが変わるような幻想を抱いていた。この幻想は、大学生になれば彼氏/彼女ができて、サークルに入って、勉強も頑張って自動的にリア充になれると勘違いしていた去年の自分と同じだ。大学生になれば自動的に自分の理想の人間になれるわけではないのと同じで、インターンに参加しただけで圧倒的成長()するわけではないのである。今いる環境でどう考え、どのように取り組み、それを今後にどう生かしていくのか。自分なりに試行錯誤していくことで成長していくのだ。

 

おわりに

もしこの記事を読んだ人で島キャンに参加する人や参加しようと迷っている人がいたら伝えたいことがある。もし島の人と多く交流したければ役所や事業所などホテル以外の方が機会が多いと思う。実際に仕事終わりに飲みにつれていってもらった人も多いし、話を聞く限り島の人と交流がさかんな印象をうけた。補助が充実しているところや、給料が出るところなら、ホテルや飲食をおすすめする。私は1泊1000円で泊まれたが、補助がなく、ウィークリーマンションという1泊3000円程度のところに泊まった友人は食費もかかって2週間で35000円以上かかったそうだ。

この記事を読んで、不安になったひともいるかもしれない。ホームページには当たり前のように良い情報、ウケのいい情報しか載ってないと思う。当たり前だが。全ての人が良い経験をするわけじゃない。でも嫌な経験しかしない人だけかといったらそうでもない。大切なのは実際に経験してみて自分で考えることだと思う。私は無給で働いたことに今更「無給インターンどうなの?」と疑問を持った。働いていたのは半年も前のことだけど。給料が出ないことに対して、お金について今までより考えるようになった。良い経験も嫌な経験も何か教えてくれるものはあると思う。実際に経験して無給クソって思ったら次インターンするときは有給のインターンをすればいいと思うし、無給でもそれ以上のものが得られたならそれはそれで良いと思う。どうか2週間頑張ってください。

 

 

飛行機代往復25000円

空港までの交通費往復2000円

宿泊代14000円

現地での観光代・お土産代22000円(たぶんこのくらい)

 

短期バイト代が一気に吹っ飛びました。

 

おわり