ザフトさんのブログだよ

自分自身と向き合うためにブログやってます。

自分を責めてすぎてつらい人は、自分自身に問いかけをしてみるといいとおもうんだ。

仕事やアルバイトでミスをしてしまった。

 

なにかあると自分の何が「悪かった」のかを探してしまう。

 

相手にひどいことをされても、自分がいけないと思い込む。

 

「自分はだめなやつだ」「自分は価値のない存在だ」

 

 

わたし自身、いままで自分を責めすぎることが多くて苦しかった。

でも、そんな責めすぎる自分を変えたいと思っていた。でも方法が分からなかった。

自分に自信なんてなかったし、ネットで検索をかけてみるも、「自分を認めよう!」「自分に自信をもとう!」「気にしないようにしよう!」「リラックスしよう!」なんてことばっかりで。

 

いやいや、どうやって自信もつんだよ。自分を認めるにはどうすればいいんだよー。

気にしない!と思っても考えがとまらない。リラックスする時間をつくっても、その時間にも嫌なことを思い出して自分を責めてしまう。

 

こういう時って、考えないようにしても止められないものなんですよね。自分を責めるループから抜け出すには「自分に思いやりをもつこと」だと思うんですけど、その方法のひとつが、他人を持ち込むこんで自分自身に問いかけをすることだと思うんです。

 

 

例えば、何かでミスをしてしまった場合。

 

「あのときこうしておけば良かったのに…」

「なんて自分はダメな人間なんだろう」

「周りの人に迷惑をかけてしまった。最低な奴だ」

 

どんどん、「自分は…」「自分は…」って自分のダメなところばかりに目がいって、

自分を責めてしまう。

 

そこでまず、問いかけてみてほしい。

 

「どうしてそんな風に自分を責めるのですか?」

 

そうすると、自分に自信がないから、周りに迷惑をかけたから、自分が嫌いだからなど出てくると思います。

 

 

そこに他人を登場させて、また問いかけるんです。他人は家族でも親しい友人でもだれでもいいです。自分にとって大切な人を登場させてください。

 

「もしあなたの友人が、同じミスをしてしまって自分を責めていたらなんと言いますか?ダメな人間だ、最低な奴だと言いますか?」

 

多くの人は、友人にそんなこと絶対に言わない!「大丈夫だよ!ミスは誰にでもあるよ!気にすんなって!」と答えるのではないでしょうか。

そうしたらまた問いかけてください。

 

 

「じゃあどうしてその言葉をじぶんにかけてあげないんですか?」

 

この問いかけで気付くことは、

  1. 他人にかける思いやりや優しさを自分にはかけてあげないでいたこと
  2. 常に他人にしか思いやりが向いてないこと
  3. 自分で自分を傷つけていたこと

 

自分は思いやりや優しさをかけてもらう価値があるんだ。他人にかけてあげるのと同じように、自分にも思いやりをかけてあげる。許しを与える。

 

受容とは、困難な状態が続くのを我慢することではない。いま目の前にある事実を否定してはいけないということだ。自分は完全になる価値がない、それほど「いい」人間ではないという深く刻み込まれた思い込みを、本当にそうなのかと見つめなおすことである。

受容とは、自分に思いやりを持つことでもある。この本でも多くの例を見てきたが、人とつきあううえで自分にだけ厳しい基準を設けることはやめなければならない。

身体が「ノー」と言うとき―抑圧された感情の代価

身体が「ノー」と言うとき―抑圧された感情の代価

 

 

この本の言葉をかりて言えば、自分を責めてしまっている「人間」に思いやりを持つことはできるはずです。思いやりをもって自分を見つめれば、自分は他人と同じ「人間」であると分かるはず。

 

思いやりを持つには、

何かに苦しみ、助けを必要としている他者に与えるのと同じだけの、無条件の思いやりを持って自分を見つめるだけでいいのである。

 

 

 自分を責める時間を、自分に問いかけ、自分自身と向き合う時間に変えれば、

 

人生はもっと生きやすいものになるはず。