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ザフトさんのブログだよ

自分自身と向き合うためにブログやってます。

給食がつらい

ぼくは、給食を食べるのがとても遅いです。給食を残してもいい分量は決まっていて、それでも食べられないので、いつも昼休みのそうじの時間まで残されて食べさせられます。給食のせいで学校に行くのがいやです。

裕太くん(10歳)小5・茨城県

 

 

みんなのなやみ (よりみちパン!セ (01))

みんなのなやみ (よりみちパン!セ (01))

 

 

たまたま図書館で借りた本のなかにでてた悩み。小学生~高校生の悩み相談に答えている本なんだけど、この給食の悩みはすごく考えさせられた。

 

この悩みに対して

子どもは、家畜なんかじゃない。

 

まず、「給食を残していい分量が決まっている」って、いったい、そんなものがどうやって決められるの?小学五年生なんていったら、体格の差もどんどん出てくる。食べられる量だって、みんなまちまちであったとしても、ちっともおかしなことじゃない。

しかも、最後まで残されて食べさせられる。まさに、「食べさせられます」という表現が、問題のすべてを言い表していると思うんだ。食事を「食べさせられる」のは家畜です。人間は「食べる」んです。自分の意志で、「ごちそうさま」を言う権利だってあるんだ。

 

ここで、小中学校の給食がどうだったか思い出してみた。

 

 

小学校時代

小学校時代、「給食=完食するもの」だという意識があった。あったというより、そうしなければならないと教わったようにも思う。

私にとって給食はマイナスなものではなく、むしろおいしいし、楽しいといったものだった。給食の献立の書いてあるプリントを見て、あしたの給食が何かを確認するのが好きだった。

クラスではご飯の入った大きな銀のトレーや野菜の入ったボウル空っぽにし、牛乳パックをきれいに折りたたんで箱にびっちり詰めるまで徹底的に訓練された。

ご飯があまったら食べられる人がおかわりに行く、それでもあまったら先生が持参したふりかけをかけておにぎりにすることもあった。

完食できるクラスは素晴らしい、食べ物を粗末にしない、給食のおばさんがつくってくれているんだから残してはいけない。

完食記録が続くたびにクラスでは拍手が起こった。

給食は好きだったし、残すことに罪悪感があった。だからあの時、自分だけ盛大に盛られてしまったわかめご飯を、減らしに行くことはできなかった。嫌いだった春の香りご飯(桜の花入り)とか、菊の花ご飯(菊の花入り)はまるごと飲み込んだ。

いまでも、献立名を覚えているのはそれだけ嫌な思いが強かったのだと思う。でも、残してはいけない、捨てるのはもったいない、もし自分が残した分が余ったら、完食記録が途絶えてしまう。そんな思いもあった。

比較的小学校時代の給食は、重苦しいものではなかった。

 

 

中学時代

小学校ほどではないにせよ、中学校でもやはり完食をしようという雰囲気はあった。わたし自身もできるだけ完食を目指すべきだと思っていた。

しかし、中学に入ってからびっくりした。ほかの小学校出身の人たちが容赦なく給食を残していた。嫌いなものはすぐに「まずいまずい」といってトレイやボウルに戻していった。ドライカレーにミックスビーンズが入っていた時は、豆だけ取り除いて席に戻る人もいた。

小学校との違いに驚くとともに、落胆、怒りがこみ上げた。牛乳が嫌いな人もある程度いて、必ず1本は余った。

中学3年のときが特にひどかった。みんな好き勝手残すしていき、完食することはほとんどなかった。

その状態のなか、担任は「あ~あ、世界には食べられない人がたくさんいるのにな~」と嫌味っぽく言った。

担任が「そんなんじゃ勝てねぇぞ」と言ったときは、クラスの委員長がボソっと「何に勝つんだよ」とツッコんだのを覚えている。

 

 

小中学校の給食の中で嫌な思い出が少し出てきたので書き残しておく。

小学校の時、給食委員の子が「いただきます」のあいさつを言おうとしていた。けれど、みんな話に夢中でざわざわしていた。何度も給食委員の子が「静かにしてください!!!!」と言っていた。そうしたら、ついに当時の担任(女・27歳)がブチ切れて、給食中に一切しゃべるなと言われた。私の目の前の男の子が「みそ汁の具が少ない…」とつぶやいただけで、「しゃべるな!!!」と怒鳴られていた。悲しい給食だった。

 

小学校時代も中学校時代も、同じ班の人と席をくっつけて食べるのがいやだった。好きな人たちならまだしも、席替えによって運悪く嫌いな人や苦手な人と給食を食べるなんて苦痛以外の何物でもなかった。

 

小学6年のころ、自由席替えをしてみようということになった。卒業までの残りの間、1週間ごとに席替えをする。男女別にくじを引くのではなく、合同でくじを引く。運が良ければ女子だけ、男子だけの班がつくれるかもしれない。ほとんどが賛成だった。

 

残念なことに、わたしは運悪く男子4人女子1人の班になってしまった。ほかに男子1人女子4人の班があった。ここで取り換えてくれればよかったのに。でも一週間の間だけだと割り切って過ごそうと思った。

でも無理だった。給食中には会話に入れず、話も飛ばされ、班ごとに決められた掃除の時間も苦痛だった。自分だけはぶられている、必要とされていないと思ってつらかった。ある日我慢できなくて体育の着替え中、泣いてしまい、トイレにこもった。近くにいた友達が心配してくれた。教室に帰ると、だれかが先生に言ったらしく、同じ班の男の子が怒られているようだった。謝られたけど、もうどうでもよかった。謝るようなことじゃないし、そもそも同じ班の男の子が悪いとかは思っていなくて、ただ、あの席替えの際に少し考慮は出来たのじゃないかと思った。腑に落ちなかったし、謝ってほしいなんて感情も無かった。

 

中学校のころは、女子2人男子3人の班が多かったから、女子が1人休んでしまうと女子1人で給食を食べることになった。男子が苦手だったから、何話せばいいかわからなかったし、そもそも話すことも無かった。苦痛だった。先生によってほかの班に移動してもいいよと言ってくれた。これは救いだった。

中学にもなると、男女意識しすぎて、机を微妙に離す人もいた。5人班の時は誰か1人お誕生日席という席の位置になる。聞こえはいいが実際に座ってみると妙に距離感を感じて寂しい。孤独を感じた。

 

 

他の子たち

牛乳が苦手な子、豆が苦手な子、量が多いと言っていつもご飯を減らしていた子、ずっと食べ終わるまで「食べさせられた」子。

 

教室にはいろいろな子がいた。

 

卒業して何年かたって気づいた。給食を食べるのが遅くて、掃除の時間もずっと食べてて、5時間目が始まる前に先生が「もう片付けてこい」と言ってようやくごちそうさまができる子が、必ずクラスには1人いたのに、その状態をただの出来事として見ていたことを。あれは異常だったんだ。掃除中も「食べさせられる」なんて、衛生面どうなっているんだ。準備から片付けまで30分しかないのに。準備に15分かかったら食べられる時間は15分しかない。体育で遅くなれば10分しかないときもあった。あの子はどういう気持ちで給食を食べていたんだろう。私は掃除中まで給食を食べていなかったし、時間内に食べようと必死に無言で食べていた。

 

給食は残したらだめ。完食を目指そう。世界には食べられないで死んでいく人もいる。給食のおばさんがせっかく作ってくれたのに、たくさん残ってたらかわいそう。

 

小学校からずっとこんな言葉を聞きながら育ってきた。たしかに、残すよりは食べきった方がいい。もったいない気持ちも分かる。食べ物を粗末にしてはいけない。もっともだ。

でも、完食を意識しすぎるあまり、給食を実際に食べている友達や自分の気持ちに気づくことができていなかった。自分の気持ちを殺し、無理にでも食べなければならず、食べるのが遅ければ周りが掃除を始める中、自分1人だけぽつんと食べなくてはならない。「給食がつらい」という気持ちは、クラスの完食をしよう、残したらいけないという空気に殺されてしまう。

 

『みんなのなやみ』を読まなかったら、一生気づけなかったと思う。もし給食がつらいという悩みを知らずに大人になったら、きっと将来の子どもや友人、そして自分にも、残すのはもったいないから食べろといってしまうだろう。

大切なのは、その人の食に対する気持ちだ。食事は楽しく食べていいものである。自分の気持ちを殺してまで「食べさせられている」状態の人がいたら、「無理して食べなくていいんだよ」と声をかけてあげることができるはずだ。

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