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ザフトさんのブログだよ

自分自身と向き合うためにブログやってます。

大学生は一人ぼっちになる時間が必要ダ

思ったんですけど、

大学生になってから、一人の時間をつくるって大事だなと。

 

高校時代は、みんなが同じ時間割で毎日おんなじ人たちと顔を合わせて、何をするにもいつもみんな一緒だった。行事ごともやりたくない人がいても、悪く言えばみんな強制参加で、やりたくない人は軽蔑な視線を受けたり、変わっている人というレッテルを張られた。もちろん一人でご飯を食べる人も少数派で、一人で食べていると「ぼっち」だと思われていた。

 

だからみんなグループで固まっていないと学校生活が心配になるし、みんないっしょ、それが当たり前だと思っていた。トイレ行くにも連れションとかね。

 

その生活を続けていたせいか、大学に入ってすぐのころは「ぼっち」になることをものすごく怖れていた。お昼ご飯を一緒に食べる人、サークルを一緒に見学に行く人、いっしょに授業を受ける人を必死で探していた。

 

いつも一緒にお昼を食べていた子が用事で今日は一緒に食べられないってなると、すごく焦ってどうしようどうしようとパニックだった。

 

ひとりでおにぎりを食べながらスマホをみて過ごした昼休みは苦しかった。周りの人にぼっちと思われていないか、もう友達ができないんじゃないかと思う気持ちを、スマホを見ることで紛らわした。

 

友達が一緒にいると安心するし、楽しい。

 

でもその反面、友達と「ずっと」一緒にいることで私たちが失っていくものは何か。

 

それは一人の時間である。言い換えると、好きなことをする時間ともいえるかもしれない。

 

自分は興味がないけど友達がとりたい授業を一緒に履修する。

90分の授業が週に1回。1ヵ月4回授業があると90×4=360分。ひと月に6時間の時間をかけていることになる。前期だけの履修だと、360×(約)4か月=1440時間。

 

自分が興味のない授業を、友達がとるから履修しようとするとこんなにも時間を使っている。本当にこの時間は自分のためになっているのか。興味のない講義に使っている時間を自分の好きなことや興味のあることにどれだけ使えるだろうか。

 

そして、私は今履修している授業がこれだけの時間をかける価値があるものを選んでいるのか。書きながら自分で自問自答してしまった。

 

 

さらにお昼の時間。「ぼっち」を怖れて、グループでいつも一緒にお昼を食べる。一人になるのがいやだから、群れる。話についていけず、話題もでずに、みんなついにはスマホをいじりだす。顔をスマホに向けたまま「じゃあね」と言う。

 

この時間を自分のために使うにはどうしたらいいか。

 

好きな人と同じ時間を過ごすのは楽しい。今いるグループでいるのが心から楽しいと思えていればそれでいいと思う。

 

ただ、一人になるのを怖れるがゆえに、自分の時間を削ってまで友達に合わせるのは、すごく時間がもったいない。

 

わたしは週に1回だが一人でご飯を食べる日がある。はじめはぼっちが気になって、友達に一緒にご飯を食べようとLINEしていたが、めんどくさくなった。

食べ終わった後は課題をやったり、本を読んだりして過ごしている。

はじめは寂しくも感じたけど、その時間は私が唯一一人になれる時間だ。

 

一人になれる時間を持っていると、やるべきことを早く済ませられるし、だれにも気を使うことも無い。

 

振り返ってみると、高校の受験期も、私は途中で友達と群れるのをやめて一人で休み時間に勉強をした。ご飯は友達と一緒だったが、食べ終わると自習室に行った。

 

大学に入ってから、一人で図書館に行って勉強したり、一人でご飯を食べたり、一人で美術館や映画館に行ったりした。

 

ひとりでいる時間に蓄えた知識や、自分と向き合う時間は、わたしを成長させてくれた。いつも一人ぼっちの時間が私を成長させたんだ。

 

大学生になると、時間もあるしお金を稼ぐこともできる。自由にできることも増える。(その分責任も増えるが)

でも、その時間、自由に使える時間を友達の行動に合わせると、ときに恐ろしいくらい時間を消費している。

 

高校時代は気が付かなかったが、友達と「ずっと」一緒は、ときに厄介である。

 

一人はときに寂しくなることもある。孤独の中、ここにいるのは自分しかいない。

孤独をみつめて、孤独と向き合う時間をもてる大学生活にしていきたい。

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