ザフトさんのブログだよ

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日本人が英語ができない理由を考えてみた

もう最近ブログに書くことも無くなってきてたんですけど、ちょっと久々に書きたいネタができたので書きます。

 

最近、hello talkっていう、語学アプリ入れたんですね。私は日本人でドイツ語を学んでいる人。逆にドイツ人で日本語を学んでいる人とのSNSっぽいやつ。(語学は中国語でも英語でもなんでもあり)

 

自分が何人か設定して、学んでいる言語を選択すると、その学んでいる言語の人(母語)で日本語を学んでいる人の投稿が見れたり(というか自動的に流れてくる)、実際に添削してくれたり。

 

ちょっとTwitterぽい感じ。なかなか使えて今のところ出会い厨もいないっぽい。英語だと出会い厨ぽいのが多いと聞いたこともあるけど。

 

で、そこでドイツ人の人が、何で日本人は英語ができないのかについてすごく熱く?語ってて。

 

「まちがえてもいいんですよ」「文法は気にしないでください」「日本人はシャイだ」とか書いてて、あ~あてはまるわ。っておもったけれども。けれども!

 

私はもっとその奥に、日本人独特の雰囲気とか空気が影響しているんじゃないかと思うんですよ!!

 

日本人はシャイで、まちがえちゃいけないって思っているのも確かにそうなんだけど、もっと根が深い気がするのは私だけ?

 

まずはこの動画をみてほしい。


なぜ日本人は英語ができないの?

 

この動画をみながら、グサリときたり、共感もした。まじで。ここではメディアの影響をあげているけど、学校にも当てはまることが多かったから学校の場合で書いていきます。

 

 

英語できないと決めてつらい気持ち抱えてる人多すぎ!

学校で少し英語ができると、テストでいい成績をとると、すごく過大評価しますよね。「すげー!」「天才!」とか。英語は才能がある人しかできない。自分は才能がないからできないと思い込む。

 

わたしも中学時代に英語が大嫌いだったんですごく気持ちが分かります。なんで海外行くわけでもないのに英語を勉強しなくちゃいけないのか。そんなんだったら日本にずっといるわい!!プン!って思ってました。

 

でも受験があるから「仕方なく」英語を勉強する。途中で洋楽の歌詞の意味を知りたいから意欲的になったときもありました。

 

塾に通いはじめて英語が少しわかるようになって嬉しかったんですけど、出来なさ過ぎて授業中に泣いたこともあります。

 

でも努力の甲斐あって、最後の方は「テストの点が取れるようになって」英語の苦手意識がなくなりました。

 

高校に入学してからはテストの点(特に英語)も良かったので、周りの人から私は英語ができる人と思われました。だけどこれを変に受け止めていました。

 

waiwaijw.hatenadiary.jp

だいぶ前に書いた記事なんですけど、ここにもあるように、ほかの人からは私は「英語ができる人」と思われていて、「すごい!」とかめちゃめちゃ言われたんですよ。でも自分自身はすごいとか思ってなくて、中学時代の塾には自分より上の人はたくさんいたのを知っているし。

 

テストの点だけで英語ができると思われてしまったのです。「すごい!」の言葉と一緒に言われる言葉が「おれ(私)なんか全然できない」「(私)とは違うからさ」という”あなたとは違って私は全然できません”っていうメッセージ。

 

……めっちゃ気使うんだけど!(困り顔)

そんなことないよっていうと、「いやいやいや」と言われて点数見せられて。

いやいやいやコメントできないって!点数悪いねなんて言うわけないし!自分も英語苦手な身だったから、いっしょにやっていこうくらいの気持ちだったけどなー…と。

 

”あなたとは違って(私はできない)”って言われたときの疎外感。なんか自分ここにいない方が良かった?と思ってしまう。

 

でも、そういう人たちを責めるつもりも、もっと頑張れ!というつもりも無くて。

わたしも未だに英語には苦戦してるし、出来ないと泣きそうになるし、出来る人を見て「あの人みたいには無理だ」って思うこともあります。

 

私は、そういう風に思わせてしまう「環境」があるのが、日本人が自分は英語をできないと決めつけたり、できない理由だと思います。

 

 

①なんか英語の発音が良いと馬鹿にする空気

 

これ中高とあったんですけど、おんなじ空気だった人いません!?

例えば「りんご」という単語を読むとしたら

「アップル」←そうだよね

「アポ―」←何で発音良いんだよwwwww

 

みたいな雰囲気ありません!?

ネイティブっぽく発音すると、馬鹿にされるような空気。英語の授業なのに「何英語っぽくやってるんだよ」という空気。

 

私はまんまとこの空気にやられてしまって、今でもネイティブっぽく発音するのが怖いし恥ずかしいです。カタカナ英語っぽい発音にしてしまっています。

 

この空気って、もうペラペラなくらい英語話せる子には起こらないんですよね。でも、ちょっと日本語が若干残っている英語に対しては小ばかにするような空気がありました。くすくす笑ったり。咳払いしたり。私はこの空気が本当に嫌いでした。

 

 

②間違えると怒られる

 

英語の先生にもよるし、英語の科目に限らずですけど。なんか間違えるとすごく怒る先生っていますよね?!

 

「それはちがう」「なんでこんなもんもできねぇんだよ」「だからー!!」「バカじゃねぇの」とか。

 

せっかく勇気をもって発言したのに、どうして怒るんですかね。こんなんじゃ、発言しようとしても怒られるのが怖くて手が上がらなくなりますよ。実際私も、怒る先生がいると手が上がりません。恐怖です。

 

高校の英語の先生は、間違いが多いとすごく機嫌が悪くなる人でした。顔の表情が不機嫌顔だし、チョークに力込めて黒板がバンバン音がするくらい力任せに書くし。みんな怖くてうつむきながら授業受けてましたよ。

 

 

③間違えちゃいけない

 

授業で、一人ずつ当てて答えるときありますよね。

みんなずっと正解している。

自分の番になって間違える。恥ずかしい。

今度は恥ずかしい思いしたくないから、自分が当たりそうな問題を予想して、友達に事前に聞いて答え合わせしてみる。

答えがあっている。セーフ。

 

みたいな。やっとことある人多いと思うんですけど、どうですかね?

大学ではそうでもなくなったんですけど、新しい単元で間違いが出てもおかしくないのに、異様に正解率が高くて、自分間違えたらどうしようって思ってました。

 

さらに高校時代は、けっこう簡単な問題で私が間違えた答えを言ったんですよ。そうしたら、先生が「…( ゚Д゚)…」って顔してて、「あ、この答え違うんだ」と思ってとっさに正解と思われる方の答えを言いました。

 

今考えるとすごく不思議なんですよ。なんで違う答え言っただけで、あんな驚いた顔されるんだろうって。

 

 

学校の環境を思い出せる限り思い出してみました。

こういう環境の中で勉強しても、英語は好きにならないし、出来るようにもならないと私は思います。

 

 

他にも、英語を使う機会が少ないとか、日本では英語なくても生きていけるとかいろいろあると思うんですけど、そこは割愛します。

 

英語を習い始めた小学校高学年くらいのときは、まだ楽しかったです。英語を使ってゲームしたり、英語話せたらカッコいいなとか、外国人と話したい!とか。なんかキラキラしてた。みんな楽しんでやってたし、馬鹿にすることも無かった。

 

でも、小ばかにする空気があったり間違ったことを言って責められたり怒られる環境の中、英語学ぶのは違うと思うんです。

 

どうして英語を学ばなきゃいけないのか?って聞かれたときに、「将来役に立つから」「英語は共通語だから」「外国の人と話せるから」「英語ができないと将来生きていけないぞ」とか。

 

いやいやいや、そういうのも分かるけどさ!!

 

「英語の歌詞が理解できるようになりたい!」

「かっこよく発音できるようになりたい!」

「外国の友達をたくさんつくりたい!」

「日本の文化を英語で紹介したい!」

「なんかペラペラになりたい!」

 

でもいいと思うんですよ。将来役に立つよって答えもいいんですけど、それだけだとあまりにも抽象的すぎる。

なんの役に立つんだよって。たぶん英語が嫌いな時にこの言葉聞いたら、今役に立ってることなんて一つもねーよとか思ってそうだなぁ私は。

 

 

高校の修学旅行でイギリスに行ったとき、英語を使う機会がたくさんありました。まぁ当たり前なんですけど、その時にすごくショックを受けたんです。

 

泊まったホテルの朝食バイキングで、パンケーキをお皿に乗せて、ソースをどれにしようか迷ってました。

 

店員「チョコソースと、メープルどっちが好き?(英語で聞かれた)」

私「…(やばい、英語でなんて答えるんだっけ…)」

私「Both…」

店員「HAHAHA!」

私「ははは!(良かった…)」

めっちゃ爆笑してた。でもショックを受けたのは、笑われたことじゃないんです。

 

「え、一言でも英語通じるじゃん!!」

 

当時、完璧に話さないと英語は通じないと思っていたので、すごくショックを受けました。学校では文法がちがうと間違い、スペルが一つでもちがうと間違い、間違えた英語を言うと怒られる、先生の機嫌が悪くなる。

 

帰国してから、英語の勉強に手が付けられませんでした。自分はなんで英語を勉強しているんだろう。一言でも通じるのに、なんで学校では完璧に答えないと間違いにされるんだろう。

 

受験で必要だという事実もあるので、文法を早く終わらせなきゃいけないとか、英会話に時間を多く割けないっていう現実があるとは思うんですけども。(ちょっと教育関係者でもないのでそこは詳しく知らないし、言及もできません。)

 

ただ、私が思うのは

あまりにも英語を勉強する環境が狭くてつらいものになっていると考えるのです。

 

なぜ勉強をするのかと問えば「将来のため」と抽象的な答えしか返ってこず、

ネイティブの発音を真似してみれば、小ばかにする空気を感じてカタカナ英語を意識、

間違った答えを言えば怒り責められ、

1つのスペルミス、文法ミスですべてが✖にされる答案。

なんで英語を勉強するのかを考える思考も停止し、ただひたすら受験のため、大学のために勉強をする。

英語を通して向き合うのは、人間ではなく、参考書や検定・資格。

 

 

なんか書いてて悲しくなった(笑)

 

なんかこういう環境が変われば、今まで以上に英語にとっつきやすくなると思うんですよね。でも今はまだどうすれば変わるのかを模索している最中です。

 

おわり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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